b南アフリカランド

トルコリラの複利運用


トルコリラ円の運用方法紹介

トルコリラの真実のパワー

トルコリラのFX為替で為替生活の一番の売りです。必ず読んでください。

南アフリカランド円のやアイスランドクローナ円の取引はやっているが、
トルコリラ円の取引はまだの方でトルコリラの取引が気になっている方も多いと思います。
そこで、簡単な運用法をまとめました。是非参考にしてください。

ヒロセ通商の運用パターン紹介
ネクストインベストメントの運用パターン紹介

トルコリラ取り扱い業者比較

トルコリラ取り扱い業者 スワップ 手数料 証拠金率 スプレッド 信託 おススメ度
ネクストインベストメント
(GFT)
370 無料 1% 60pip〜
★★★★★
FX-navi オンライントレード
(ジェイ・エヌ・エス)
317 片道
1pip
12% 15pip〜
★★★
ヒロセ通商/Hirose Trader
317 無料 2% 16pip〜
×
★★★★
アストマックス
(エコノミー)
315 無料 8% 20pip〜
★★★
ヒロセ通商/Hirose-FX2 295 片道
1pip
0.5% 15pip〜
★★★★
SVC証券 317 無料 8% 20pip〜
×
★★★
121証券/Ecois Pro 317 片道
1pip
12% 15pip〜
★★
ヒロセ通商/LION
290 無料 3% 15pip〜
×
★★★★
アトランティック・トレード
270 無料 1% 20pip〜
★★
※ヒロセ通商(LION)は1000通貨から取引可能!なので★★★★です。
※ヒロセ通商(FX2ミニ)は1000通貨から取引可能!なので★★★★です。
(2008年3月28日1万通貨単位)

FX比較トルコリラで為替生活のサイトについて

はじめに

最近注目されているFX(為替)取引。中でも高金利通貨のトルコリラのスワップレートに目をつけて、投機的な取引ではなく長期にわたってポジションを保有し、永続的に高いスワップレートを毎日毎日GETし続けます!
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特に本サイト「【FX比較】トルコリラでFX為替生活」を読んで頂きたいのが、ドル円やポンド円でスワップレート狙いのFX(為替)取引をしている方でトルコリラのFX(為替)取引に手をつけていない方です。なぜなら私が自身を持ってトルコリラの運用の方が有利だと思うからです。トルコリラの通貨の変動率とスワップレートの関係(政策金利)が他の通貨より魅力的だからです。気づいていない方はきっと驚かれることでしょう。トルコリラ取引なら年利30%ぐらいでしたら当たり前ですよ。リスクを取れば年利50%以上も夢ではないでしょう。

「トルコリラの運用方法の紹介」

※これらの考えは私、一個人考えであって、確実性は一切ありません。悪魔で参考に、トルコリラの取引(為替取引)は自己責任でお願いします。

P.S
トルコリラに関するサイトオーナー様、ブロガー様、本サイト「トルコリラでFX為替生活」では常時、相互リンクを希望、お願いしておりますので是非お声がけをお願いします。情報交換等できればと思います。

FXリアルタイム ニュース

トルコの文化

2007年11月23日

トルコの国土は、ヒッタイト、古代ギリシア、ローマ帝国、イスラームなどさまざまな文明が栄えた地であり、諸文化の混交がトルコ文化の基層となっている。これらの人々が残した数多くの文化遺産、遺跡、歴史的建築が残っており、世界遺産に登録されたものも9件に及ぶ(詳しくはトルコの世界遺産を参照)。

トルコの伝統的な文化はこのような基層文化にトルコ人が中央アジアからもたらした要素を加えて、東ヨーロッパから西アジアの諸国と相互に影響を受けあいながら発展してきた。

例えば、世界三大料理のひとつとも言われるトルコ料理は、その実ではギリシャ料理やシリア地方の料理とよく似通っているし、伝統的なトルコ音楽のひとつオスマン古典音楽はアラブ音楽との関係が深く、現代のアラブ古典音楽で演奏される楽曲の多くはオスマン帝国の帝都イスタンブルに暮らした作曲家が残したものである。

建築は、イランとビザンチン双方の影響を受け、トルコ独自の壮麗なモスクやメドレセなどの建築文化が花開いた。その最盛期を担ったのがミマール・スィナンであり、スレイマン・ジャミィなどに当時の文化を垣間見ることができる。

俗にトルコ風呂などと呼ばれている公衆浴場文化(トルコ本国においては性風俗店の意味はなく、伝統的浴場の意である。詳細は下記参照)は、中東地域に広く見られるハンマームの伝統に連なる。逆に、中東、アラブの後宮として理解されているハレムとは実はトルコ語の語彙であり、多くの宮女を抱えたオスマン帝国の宮廷のイメージが、オリエンタリズム的な幻想に乗って伝えられたものであった。

近現代のオスマン帝国、トルコは、ちょうど日本の文明開化と同じように、西欧文明を積極的に取り入れてきたが、それとともにトルコ文学、演劇、音楽などの近代芸術は、言文一致運動や言語の純化運動、社会運動などと結びついてトルコ独自の歴史を歩んできた。

こうした近代化の一方で、歴史遺産の保全に関しては立ち遅れも見られる。無形文化財ではオスマン古典音楽の演奏者は著しく減少し、また剣術、弓術などいくつかの伝統的な技芸は既に失われた。有形の遺跡もオスマン帝国時代以来のイスラム以前の建築物に対する無関心は現在も少なからず残っており、多くの遺跡が長らく管理者すら置かれない事実上の放置状態に置かれてきた。近年は、いくつかの有名なギリシャ・ローマ時代の遺跡やイスラム時代の建築が観光化されて管理が行き届くようになったが、依然として多くの遺跡は風化の危機にさらされている。このような状況に対する懸念も表明されているが、その保全対策は財政事情もありほとんどまったく手付かずの状態である。

posted by taro at 14:36 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 文化

トルコのスポーツ

トルコにおいて国民的なスポーツとしては、まずサッカー(トルコ語でfutbol:発音フトボル)があげられる。国内には18のプロチームが参加するシュペルリグ(Süper Lig)を頂点に2部リーグ、3部リーグ、さらにその下部の地域リーグが置かれ、プロ・アマ合わせれば膨大な数のサッカーチームが存在する。また、サッカーチームの多くは総合スポーツクラブの一部であり、バスケットボール・バレーボールなど、他種目のスポーツチームを同じクラブが抱えることも多い。

トルコはUEFA加盟国であるため、シュペルリグ上位チームはUEFAチャンピオンズリーグ・UEFAカップに参加可能である。多くのチームの中でもイスタンブルのフェネルバフチェ(Fenerbahçe)・ガラタサライ(Galatasaray)・ベシクタシュ(Beşiktaş)とトラブゾンのトラブゾンスポル(Trabzon Spor)は4大チームと呼ばれ、テレビ・新聞などでの報道量も他のチームに比べ抜群に多い。これらのチームは実力的にも上位にあるためUEFA主催のリーグに参加することも多い。UEFA主催のリーグに参加するチームは、なかばトルコ代表として扱われることもあり、これらの強豪チームは地域にかかわらず全国的に人気がある。また、イスタンブルのフェネルバフチェ・ガラタサライ・ベシクタシュの3チームは、イスタンブル証券取引所に上場する上場企業でもある。2004-05シーズンのUEFAチャンピオンズリーグの決勝はイスタンブールのアタテュルク・オリンピヤット・スタディで行われ、イスタンブールの奇跡が起こった。サッカートルコ代表は2002 FIFAワールドカップで3位に入るなど健闘した。この大会では韓国と日本に勝利しており、同一大会で2つの開催国に勝つという珍しい記録を達成した。また優勝したブラジルには2回敗北している。

ほかにプロスポーツとしてはバスケットボール・バレーボールのプロリーグが存在する。特にバスケットボールはNBAでのトルコ人選手の活躍や2010年の世界選手権を控えていることもあり、近年人気が上昇している。

また、2005年からはF1トルコGPが開催されており、WRCのラリー・オブ・ターキーとあわせて、モータースポーツにおける発展も期待できる。

650年の歴史をもつ伝統格闘技としてヤールギュレシ(オイルレスリング)があり、トルコ共和国の国技となっている。アマチュアスポーツとしては、レスリング、重量挙げなどに人気がある。またトルコ人の気風を反映してか、空手道・柔道の道場も非常に多い。

posted by taro at 14:34 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ

国民

トルコでは民族構成に関する正確な調査は存在せず、またトルコにおいては、民族よりもイスラム教徒であることを第一のアイデンティティとするもの、あるいは国籍上の意味合いにおいてのトルコ人であることを優先するものなどが存在すること、その上最大多数派であるトルコ人の定義自体が、アナトリア半島が歴史的に非常に複雑で重層的な混血と混住が行われてきた地域であることもあり、人種的な意味合いにおいてまったく不明瞭であること、などの理由により、なにをもって民族を定義するかということ自体が困難であるため、民族構成に関する数字は明らかではない。

かつてトルコにおいては、国民は一体であるという原則から、トルコ国民はすべてトルコ人でありトルコ語を母語とするという建前を取っていたが、現在では、民族的にトルコ人ではない、あるいはトルコ語を母語としない国民も存在することをトルコ政府は公式に認めている。

少数派の民族としてとしては、クルド人、アラブ人、ラズ人、ギリシャ人、アルメニア人、ザザ人などが存在するとみなされている。とくにクルド人はトルコにおいてトルコ人に次ぐ多数派を構成しており、その数は数百万人とも、一千万人を超えるとも言われている。かつてトルコ政府はトルコ国内にクルド人は存在しないとの立場をとり、クルド語での放送・出版を禁止し、またクルド人にたいし「山岳トルコ人」なる呼称を用いるなど差別的な行為を行っていた。しかしながら、現在においては山岳トルコ人という呼称は用いられることがない。2004年にはクルド語での放送・出版も公に解禁され、旧民主党(DEP:共和人民党から分離した民主党(DP)とは別組織)ザナ党首の釈放と同日に、国営放送第3チャンネル(TRT3)においてクルド語放送が行われた。

クルド人はいわゆる北部クルディスタン、すなわちトルコにおける呼称で言う南東アナトリア地域にのみ居住しているのではなく、トルコにある81の県全てにおいて、地域によって差はあるものの、ある程度のまとまりを持った社会集団として存在している。実際、クルド系政党民主国民党(DEHAP)はトルコ全域において政治活動を行い、総選挙においても得票をあげている。逆に、南東アナトリア地域において居住しているのはクルド人のみではなく、トルコ人、アルメニア人、ザザ人なども共和国成立以前から存在している。1960年以降は全国的な農村部から都市への移住が増加にともないクルド人も都市部への移住が進み、そのため現在においては、クルド人の都市居住者と農村部居住者との割合が大幅に変化しているとみられる。1990年以降において、もっとも多数のクルド人が存在するのは南東アナトリア6県のいずれでもなくイスタンブル県であるとの推計も存在する。一般に都市に居住するクルド人は所得水準が低く、また敬虔なイスラム教徒であり、このことが都市部において大衆政党として草の根活動を行ってきたイスラム系政党の躍進をもたらしたものとする考えは比較的有力なものである。

宗教構成は、宗教の帰属が身分証明書の記載事項でもあることからかなり正確な調査が存在する。それによると、人口の99%以上がムスリム(イスラム教徒)であるが、身分証明書においても宗派は記載事項ではないため、詳細な宗派区分については不明な点も多い。しかし、その大多数がスンナ派であると一般には考えられている。その一方でかなりの数のアレヴィー派も存在し、20%を越えるとも言われる。その他の宗教には東方正教会、アルメニア使徒教会、ユダヤ教、カトリック、プロテスタントなどがあるが、いずれもごく少数である。

人口構成(2000年国勢調査)
0-- 46,033,346
5-- 96,449,363
10--146,615,428
15--196,693,554
20--246,390,252
25--295,845,812
30--345,450,131
35--394,759,742
40--443,899,599
45--493,210,416
50--542,453,379
55--592,062,228
60--641,872,635

posted by taro at 14:31 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 国民

教育

義務教育機関として、8年制の初等教育学校(ilk öğretim okulu)が置かれ、そのほか4年制(2004年9月入学以降、それ以前は3年制)の高等学校(lise)、大学(üniversite)などが置かれている。ほかに就学前教育機関として幼稚園(anaokulu)なども存在する。初等教育学校を含めほぼ全ての学校が国立だが、私立学校も存在する。ただし、私立学校の1ヶ月間の学費は、給食費・施設費等込みで一般労働者の月収とほぼ同等で、きわめて高価である。

公立高校・公立大学への入学にはそれぞれLGS・ÖSSの受験を必要とし、成績順で入学校を決定する。トルコにも受験競争は存在し、高校入試・大学入試のために塾(dershane)に通うことも珍しくない。

教員数・教室数はともに十分な数には達しておらず、初等教育学校は午前・午後の二部制である。また学校設備も不十分で、体育館・プールなどは公立学校にはまず存在しない。運動場は狭くコンクリート張りで、バスケットボールやフットサルが精一杯である。また、図書館も存在しないか、あっても不十分である。学校設備の問題に関しては国も認識し、世界銀行からの融資を受けるなどして改善を図っているが、厳しい財政事情もあって改善が進まないのが現実である。

2004年現在、男子児童の就学率は統計上ほぼ100%に到達したが、女子児童の非就学者は政府発表で65万人程度存在し、トルコ政府は、「さあ、女の子たちを学校へ(Hadi Kızlar Okula)」キャンペーンを展開するなどその解消に努めている。しかし、女子非修学者の問題には、経済事情に加え、男女共学のうえ、未だ保守的なイスラムを奉ずる地域ではヘッドスカーフ着用禁止の初等教育学校に通わせることを宗教的な観点から問題視する親が存在するという事情もあり、女子非修学者の減少はやや頭打ちの状態である。

posted by taro at 14:30 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 国民

トルコの経済

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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トルコの経済では、西アジアにある国トルコの経済状況に関して述べる。

目次 [非表示]
1 概況
2 主要経済指標
3 農業
4 軽工業
5 重工業
6 建設業
7 失業問題

posted by taro at 14:25 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 経済

概況

産業は近代化が進められた工業・商業と、伝統的な農業とからなり、農業人口が国民のおよそ40%を占める。もっぱら軽工業が中心で、繊維・衣類分野の輸出大国である。経済部門における財閥の力が大きく、近年では世界の大手自動車メーカーと国内の大手財閥との合弁事業を柱として重工業の開発が進められている。

ただし、工業化が進んでいるのは北西部のマルマラ海沿岸地域がほとんどで、観光収入の多い地中海・エーゲ海沿岸地域と、首都アンカラ周辺の大都市圏以外では、経済に占める農業の比重が大きい。とくに東部では、地主制がよく温存されているなど経済近代化の立ち遅れが目立ち、農村部の貧困や地域間の経済格差が大きな問題となっており、数十年にわたる政府の開発推進政策によっても解消をみていない。

1990年代の後半から経済は低調で、政府は巨額の債務を抱え、国民は急速なインフレーションに悩まされている。歴代の政権はインフレの自主的な抑制に失敗し、2000年からIMFの改革プログラムを受けるに至るが、同年末に金融危機を起こした。この結果、トルコリラの下落から国内消費が急激に落ち込み、リラの変動相場制移行をおこなった2001年にはリラの対ドル価が50%以上暴落、実質GNP成長率はマイナス9.4%となった。

2002年以後は若干持ち直し、実質GNP成長率は5%以上に復調、さらに同年末に成立した公正発展党単独安定政権のもとでインフレの拡大はおおよそ沈静化した。2005年1月1日には100万トルコリラ(TL)を1新トルコリラ(YTL)とする新通貨を発行し、実質的なデノミネーションが行われた。

posted by taro at 14:25 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 経済

主要経済指標

経済指標1994199519961997
実質GDP成長率-5.57.277.2
名目GDP(100万米ドル)130,651169,319181,464189,878
消費者物価上昇率106.311780.485.7
失業率7.96.666.7
対外債務残高(100万米ドル)65,60173,27879,35684,215
199819992000200120022003
3.1-5.37.4-7.47.85.8
200,307184,857199,263148,017183,119239,699
84.664.93968.529.718.4
6.87.66.68.510.310.5
96,417103,027118,806113,901131,058147,035
posted by taro at 14:24 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 経済

農業

トルコにおいて農業は現在においてもGDPの約15%、全就業者の約40%を占める主要産業である。GDPと就業者割合からのアンバランスからも読み取れるように、「貧しい農村」という言葉は現金収入という観点からすれば、トルコにおいては現在でも基本的には間違った見方ではない。

トルコは建国以来、もともと広大な耕地面積を持つうえ、戦略物資である食糧の確保は国家の独立の維持に不可欠との観点から、一部嗜好品を除き食糧の完全自給を行ってきた。しかし急激な人口増加と、一部農地の荒廃により、ついに食料の輸入額が輸出額を上回る輸入超過の状態に陥った。

トルコ農業の大きな問題は、オスマン帝国以来連綿と続く農地の大地主制である。初代大統領ケマル・アタテュルクは農地改革に本格的に取り組まないうちにその改革の途中で死去したこともあり、大地主制は現在も存在している。これらはとくに農地改革がまったく手付かずだった東部に多いが、アタチュルクが存命中に行った西部での農地改革も実際にはかなりの抜け穴が存在し、そのため大地主は程度の差はあるがほぼトルコ全国に存在する。また、トルコ政府の行った遊牧民(ユルック)の定住化政策も、部族長を地主、部族民を小作人とする新たな地主制の発生を招いた。

ただし、大地主の所有する大農場においては、大掛かりな投資と適切な人員配置が行われるため、経済効率の面からみればかえって効率的な農業を行うことができることに注意する必要がある。実際、大農場においては、ヨーロッパ製大型農業機器の導入や、機械化された農薬・肥料の散布・散水、人手が必要な農作業でのバスを使った人員の大量輸送など、効率的な農業を行っていいる。そのため、単純に小作人は貧困ということはできず、農場によっては、農民というよりもむしろ大企業の社員というべき者も多い。

むしろ経済困難に直面しているのは農地の所有形態にかかわりなく小規模農家であり、これらは、大規模農場から出荷される低価格農産物による農産物価格の下落もあり、1990年代後半以降購買力平価ベースでは実質所得の下落が続いている。参考までに2004年現在の主要農産物の露天バザールでの販売価格はトマト・ジャガイモ・タマネギともおおむね1キロあたり25万トルコリラ程度である。これはトルコの物価においておおむねチャイ(紅茶)1杯、シミット(小さなパン)1個に相当するものでしかなく、小規模農家の生活は大変苦しいといわざるを得ない。

政府も、農村の現状は認識しており、直接の所得補助を行うなどしているが、トルコにおいては財政が事実上IMFの統制化にある危機的な状況を脱していないこともあり、補助額は不十分な上、そもそもその補助自体も一部が滞っている状態である。

これらの問題は、一時期盛んだった西ドイツ(当時)への移民、大都市部への出稼ぎや移住などをもたらす結果となり、一部農地の荒廃の原因となっている。国外への移民流出がやや抑えこまれた現在でも大都市部への人口流入は続いており、流入者がつくりだしたゲジェコンドゥ地区と呼ばれる下町の存在は都市の社会問題をも招いている。

posted by taro at 14:23 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 経済

軽工業

建国当初のトルコの経済政策は、輸入代替をおもな目標とするものであったため、軽工業は一応の発展を見た。そのため、衣服・靴・玩具・陶磁器・日用雑貨品等の生活用品はほぼ自給可能である。ただし、近年では「100万トルコリラ(日本円で100円程度)ショップ」での販売に代表される安価な中国製品の輸入が急増しており、国内企業の業績を圧迫しつつある。関係業界は政府に対策を求めているが、政府の動きは遅い。

トルコにおいては、オスマン帝国時代以前から製陶が行われており、その伝統を引き継いだ製陶業はいまも盛んに行われている。伝統的で小規模な産地としてはイズニクが、また大規模な工業として成立している産地としてはキュタヒヤがあげられる。特にキュタヒヤでは近郊で産出される豊富な陶土を生かし、巨大な製陶工場が多く建設されている。その中でもキュタヒヤポルセレン(KütahyaPolseren)とギュラルポルセレン(GüralPolseren)の2社はトルコ国内では全国的に有名である。また、トルコの製陶業は食器だけでなくトイレ等の衛生機器分野にも進出している。

トルコはもともとヨーロッパ向けに輸出される羊毛と綿花の産地であったことから、伝統的に繊維産業が盛んであり、現在でも輸出額の約3分の1を占める主要産業である。また現在では天然繊維だけでなくブルサを中心に化学繊維の生産も盛んである。トルコの繊維産業の輸出先は主に欧州連合とアメリカ合衆国であるが、2005年からの中国に対する輸入割り当ての撤廃により、今後厳しい状況が予想される。これに対しトルコの繊維産業界と政府ではデザインの向上によるアパレル製品の付加価値向上や、人件費の安い東部・南東部アナトリアや中央アジアへの工場移転などの対策を打っている。

posted by taro at 14:22 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 経済

重工業

トルコにおける重工業は、鉄鋼・コンクリート・セメント・石油精製など基礎的な素材分野が中心であったが、近年では国内財閥と外国資本の合弁による自動車生産が大きなシェアを占めるようになった。

外資系自動車産業はトルコにおける投資の拡大を表明しており、今後も生産の伸びが期待される。ただし、トルコでは基礎的な機械・自動車部品生産能力がまだ未熟で、生産設備にいたってはほぼ完全に輸入に頼っている。そのためトルコでは自動車輸出が5ドル増加するたびに4ドル輸入が増加するとも言われており、この状況を改善するための国内産業の強化が模索されている。トルコにおける主な自動車生産企業は以下のとおり。

オヤック・ルノー
トファシュ
フォード・オトサン
トヨタ・サ
テム・サ
アナドル・イスズ
アナドル・ホンダ
マン・トルコ
カルサン・プジョー
BMC

posted by taro at 14:22 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 経済
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